2024年6月21日 小笠原諸島の77年間の植生変化を解明 人為的攪乱の履歴が生態系の復元可能性に影響

(国研)森林研究・整備機構森林総合研究所、(一社)日本森林技術協会、東京都立大学らの研究グループは、昭和初期に小笠原諸島で行われた天然林調査の報告書資料を電子化し、現在の植生図と比較することで、77年間で植生がどのように変化したかを明らかにした。

その結果、77年間での植生変化の傾向は、過去の森林伐採の規模や侵略的外来種の導入の有無といった歴史的な要因によって島間で大きく異なっていた。一方、部分的に一度他の植生に変化しても、残存している山地林の面積の割合が大きければ、元の状態に回復しやすいことも分かった。

しかし、過去の伐採により自然林が広く失われてしまった島や、侵略的外来種が導入された島で生態系の保全・再生を行うには、かつて原生林を構成していた種を補助的に植栽し、生態系の回復を促進するような、より積極的な人為的介入が必要になることが明らかになった。

小笠原諸島において、外来種の出現がほとんどみられない時期の植生調査資料は極めて貴重であり、今後の生態系保全・再生活動への活用が期待される。

 

外来植物が分布を拡大し始める前の植生が分かる貴重な資料を発見

日本の本土から約1000km南に位置する海洋島である小笠原諸島には、周辺の大陸や島との間の海を越えられない動植物が分布せず、独自の生態系が成立し、数多くの固有種が生育している。その豊かで独特な自然の価値は世界的にも認められており、2011年には世界自然遺産として登録されている。しかし、小笠原諸島の生態系は、人間の力で海を越えた生物、すなわち1830年の人間の入植を契機として侵入し、第二次世界大戦以降のほとんどの島が無人化した期間に増殖したと考えられる侵略的外来種によって脅かされている。

小笠原諸島では、貴重な生態系を保全・再生するため、侵略的外来種の駆除事業が行われており、一部の在来種の回復が確認されている。その一方、事業の実施後に駆除対象以外の外来種が増加するなど、新たな課題が浮上したケースもある。

生態系の保全・再生活動の成否は、在来種の減少・消失や二次林の拡大をもたらした過去の森林伐採の規模、侵略的外来種の侵入履歴といった歴史的な要因によって左右されると考えられる。しかし、小笠原諸島では過去の生物相に関する資料が乏しく、しかも現在は外来種が広く蔓延しているため、小笠原の植生が人間の入植以降の歴史とともにどのように変化してきたのかを知ることはできなかった。

こうした中、近年、森林総合研究所に保管されてきた、昭和初期に国有林で行われた天然林調査の膨大な報告書資料の中に、小笠原諸島で実施された調査に関する資料が含まれていることが分かった。この資料は、これまで十分に分かっていなかった第二次世界大戦以降に外来植物が分布を拡大し始める前の植生が分かる貴重なものだった。

 

1935年時点の植生図・植生調査 資料を電子化して比較

今回の研究では、小笠原諸島の主要な島嶼である聟島列島、父島列島、母島列島、火山列島に位置する合計9島の1935年(昭和10年)の時点での植生図や植生調査資料を電子化した。これによって、1935年、1979年、2012年の植生データを比較し、その間の変化を知ることができるようになった。

比較結果で明らかになった77年間での植生変化の傾向は、島ごとに大きく異なっていた。聟島列島の聟島では、今は草原となっている場所がかつては乾性低木林だったことが明らかになった。この結果は、第二次世界大戦末期に無人化してから、植物を食害する侵略的外来種ノヤギが加速度的に高密度化した影響と考えられる。

また、父島や母島では、今は二次林やトクサバモクマオウ、アカギといった侵略的な外来樹木の森林が広がっているが、かつてはシャリンバイやアカテツなどが生育する乾性低木林、モクタチバナやウドノキなどが生育する湿性の森林が広がっていた。これは、居住人口が多かったこれらの島で、過去に森林が広く伐採されたことによる影響と考えられる。これに対し、火山列島の北硫黄島では、ノヤギや人間の影響が少なく、昔も今と変わらずチギ林が広く分布していた。

さらに、固有種の生息場所となる山林部は、部分的に一度他の植生に変化しても、残存している山地林の面積が大きければ、1935年時点での状態に回復しやすく、面積が小さいとほとんど回復しないことが分かった。

 

今後の小笠原諸島での生態系保全・再生活動の目標像設定の基礎資料に

一般に、海洋島の生態系は、人間による環境の改変や外来種の侵入に対して特に脆弱であることが知られている。今回の研究では、海洋島の中でも、過去の伐採や侵略的外来種の影響により原生林の残存面積が小さくなった島で生態系の保全・再生を行う場合には、かつて原生林を構成していた種を補助的に植栽し、生態系の回復を促進するような、積極的な人為的介入が必要になる可能性が高いことが明らかになった。こうした情報は、生態系の保全・再生活動を行う際の対策の指針を決定する上で重要な役割を果たすと考えられる。

生態系の保全・再生を行う際には、「どのような自然の状態を目指すのか」という目標増を、客観的かつ科学的なデータを基礎として、できる限り具体的に設定する必要がある。しかし、過去の資料のが少なく、侵略的外来種による生態系への影響が深刻な小笠原諸島において、具体的な目標像を描くことは極めて困難なことだった。

今回分析が行われた、外来種の出現がほとんどみられない時期の植生調査資料は貴重なものであり、今後の小笠原諸島での生態系保全・再生活動の目標増を設定するための基礎資料となる。


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