(国研)森林研究・整備機構森林総合研究所は、北海道大学、NPO法人小笠原自然文化研究所と共同で、小笠原諸島のセグロミズナギドリが他地域とは遺伝的に異なる固有種であることを明らかにした。これまで、小笠原のセグロミズナギドリは世界に広く分布する種の1亜種とされており、今回の研究結果は新種発見に匹敵する意義を持つ。特に、世界自然遺産地域である小笠原での隠れた固有種を発見したことは、この地域の価値を一層高めるものと言える。また、この鳥は、歴史的にはオガサワラミズナギドリと呼ばれていたこともある小笠原を代表する鳥であり、この和名の復活にも期待が集まっている。
[謎に包まれていた系統関係、保全のために解明が必要]
小笠原諸島の森林で繁殖するセグロミズナギドリは、1915年に新種として発見され、その当時は「オガサワラミズナギドリ」という和名で呼ばれていた。しかし、この鳥の分類はその後に二転三転し、似た外見をしているヒメミズナギドリやセグロミズナギドリなど広域に分布する種と同種と考えられるようになった。最近では、大西洋やインド洋にも分布するセグロミズナギドリの1亜種とみなされることが多く、オガサワラミズナギドリの名は使われなくなっていた。しかし、いずれの場合も十分な科学的根拠はなく、この鳥の系統関係は謎に包まれていた。
一方、この小笠原の集団は、戦前には北硫黄島で繁殖していた記録があるものの、戦後は繁殖地が一切見つかっていなかった。2007年にようやく南硫黄島と東島という2つの小さな無人島の森林内で繁殖が確認されたが、分布の狭い集団であることから、環境省により絶滅危惧IB類に指定されている。この鳥の保全上の地位を明らかにするためにも、その系統的な位置を解明することが課題となっていた。
[世界各地のミズナギドリ類と比較、隠れていた固有種を発見]
今回の研究では、小笠原諸島の人が住む島で保護された個体と、南硫黄島の繁殖地で捕獲した個体の合計10個体からDNAを抽出し、世界各地のミズナギドリ類との比較を行った。
その結果、小笠原の集団は海外に分布するヒメミズナギドリやセグロミズナギドリなどとは全く別系統の小笠原に固有の海鳥であり、オガサワラミズナギドリとされていた最初の分類が正しかったことがわかった。また、小笠原の集団はハワイ諸島やフランス領ポリネシアなどに分布する種と近縁だった。これらの他地域の種とは80万年以上前に分化したと考えられる。
小笠原諸島ではセグロミズナギドリ以外に5種のミズナギドリ類の繁殖記録があるが、そのうち小笠原でしか繁殖していない固有の種は、2012年に見つかったオガサワラヒメミズナギドリのみだった。今回の発見は隠れていた固有種の発見を意味し、世界自然遺産地域としての価値を高めるものである。
[自然再生や営巣に適した環境の解明、名称の復活に向けた検討を進める]
この鳥の既知の繁殖地が2ヵ所しかないのは、外来のクマネズミによる捕食が原因だと考えられる。繁殖地の南硫黄島と東島はネズミが分布していない数少ない島だが、他のほとんどの島には外来のネズミがいるため、小型ミズナギドリが繁殖することができない。
小笠原の集団が固有種であるということは、ここで絶滅すれば世界からこの種が消滅することを意味する。このため、繁殖地が限られているこの鳥の保全上の優先度は、これまで考えられていた以上に高いと言える。絶滅を回避するには、捕食者となるネズミや環境を悪化させる外来植物を駆除し、積極的に自然再生を進めていく必要がある。
また、近年、小笠原の無人島で新たな海鳥の分布の発見が相次いでいるが、これまでに無人島の調査が十分に進んでいなかったことが一因である。無人島で繁殖するこの鳥の生態はまだ謎に包まれているため、保全を行うためにも、営巣に適した環境の解明など、基礎的な研究を進める必要がある。
小笠原の集団はもともとオガサワラミズナギドリと呼ばれ、小笠原を代表する鳥だったが、それがセグロミズナギドリと呼ばれるようになったのは、広域分布種の1亜種とみなされたためであり、1974年以降である。今回の成果により、小笠原のセグロミズナギドリは広域分布種セグロミズナギドリではないことが明らかになったため、もとのオガサワラミズナギドリの名を回復することも検討する必要があるが、現在はセグロミズナギドリの名称が広く使われているため、混乱を招かないよう十分に議論する必要がある。