(国研)森林研究・整備機構森林総合研究所と小笠原自然文化研究所の研究グループは、世界自然遺産に指定されている小笠原諸島の南島の鍾乳洞で多数の鳥類骨を発見し、人間が小笠原に住み始める前の海鳥相を明らかにした。
在来種が増えることは「回復」か? 人間の影響が生じる前の生物相が鍵
小笠原諸島は、自然の持つ価値の高さから、世界自然遺産地域に登録されている。そうした生態系の中で、海鳥は、種子を散布したり、海由来の栄養分を陸地に供給したりすることで重要な役割を果たしているが、ノヤギやネズミなど外来哺乳類の影響で、海鳥繁殖地の消滅や縮小が生じている。
小笠原では、世界自然遺産としての価値を守ることを目的に、生態系から人間の影響を取り除くための外来種駆除が進められている。その成果として、最近では海鳥の個体数が増加してきている。
在来種が増えると「回復」と考えられることが多いが、多くの場合は人間の影響が生じる前の生物相の記録がなく、元の状態に戻ったかが分からないため、それが本当に「回復」と言えるかどうかは分からない。このため、保全事業による生物相変化の意義を評価するためには、人間が影響を与える前の生物相を解明し、保全の目標像を明らかにする必要がある。
鍾乳洞で発見した古い海鳥の骨を分析
小笠原諸島の無人島である南島では、外来哺乳類のノヤギとネズミが野生化していた。ノヤギは森林を食害して草地ばかりの環境を生み、ネズミは種子や鳥類を捕食している。そこで、この島では生態系の保全のためノヤギが1970年頃に根絶され、現在もネズミの低密度化が行われている。その結果、オナガミズナギドリ、アナドリ、カツオドリが増加するに至っている。
この3種の海鳥は南島だけでなく、外来哺乳類が根絶された他の島でも増加している。海鳥を調査していた研究グループは、南島にある鍾乳洞で、洞窟の周囲から流れ込んだと考えられる相当古い海鳥の骨を多数発見し、「これを詳しく調べれば人間が住み始める前の鳥類相を明らかにできるかもしれない」との考えから、骨の分析を行った。
現在は絶滅の危機にある海鳥が人が住む前の小笠原では最も普通の種
研究ではまず、東京都による自然再生事業の一環として、見つかった骨のうち20本を対象に放射性炭素を用いた年代測定を行った。その結果、これらが6000年前から600年前のものだと分かった。小笠原に人間が住み始めたのは1830年からなので、これらの骨は人間の影響が生じる前の状態を示している。
次に、種の判別が可能な1318本の海鳥の骨を取り出して形態から種類を判別した結果、少なくとも7種215個体の海鳥が見つかった。そこで大多数を占めていたのは近年増加しているカツオドリなどではなく、今はとても分布の狭いオガサワラヒメミズナギドリやオガサワラミズナギドリ(セグロミズナギドリ)、シロハラミズナギドリなどだった。これら3種は総個体数の70%以上を占めていた。
鍾乳洞から多数の骨が見つかった3種は現在の南島では繁殖が確認されていない。オガサワラヒメミズナギドリは小笠原の東島のみで、オガサワラミズナギドリは東島と南硫黄島でしか繁殖が確認されていない絶滅危惧種である。また、シロハラミズナギドリは小笠原2島とハワイのみでしか繁殖していない。現在は分布が狭く絶滅の危機にある海鳥が、実は人間が住む前の小笠原では最も普通の種だったことが示された。
一方で、外来種駆除後に増えている3種の海鳥は世界的に広域分布する移動性の高い種類である。もともとの南島には低木林が広がり、そこで固有性の高い海鳥が繁殖していたと考えられる。しかし、そうした海鳥はノヤギによる環境改編やネズミの捕食のため姿を消し、外来種駆除後には移動性が高い種類だけが増加していた。これらの結果から、研究グループは、「最近の海鳥の増加は、増えやすい一部の種類だけが偏って増えたものであり、元の状態への『回復』ではなかった」としている。
また、今回の研究は自然再生事業による在来鳥類の増加の意義を古生物学的な手法により評価したもので、世界でも初めての成果である。
他地域でも保全の目標像の解明ができると期待
一般に人間の影響以前の生物相が記録されていることは少ないため、保全の目標像を決定するのは容易ではない。このため、これまでは在来種が増加すればそれを「回復」とみなしていた。在来種の増加は最初のステップとしては歓迎すべきことだが、今回の研究により、その先にある本当の目標像が明らかにされた。出土した骨から見つかった3種の海鳥は、分布は狭くともまだ絶滅したわけではないため、このような固有性の高い種を保全することにより、小笠原の生態系を真の目標像に近づけることができる。
南島の鍾乳洞は石灰岩地域に形成され、アルカリ性の環境ゆえに骨が溶けずに残りやすいため、過去の鳥類相が復元できた。海外の島でも外来種駆除後に広域分布する海鳥ばかりが増加する例が見られているが、多くの場合は保全の目標像が明らかになっていない。しかし、太平洋の島々の24%は石灰岩地域を含んでいる。これらの地域において、今回の研究で行ったように骨を探索し古生物学的な分析を行えば、各地で保全の目標像を解明できると期待されている。