福井大学子どものこころの発達研究センター(上田孝典センター長)の友田明美教授、島田浩二特命助教ら研究グループは、脳の機能画像から子育て中の親らの抑うつ気分が深刻化する前の兆候を把握できる新たな評価法を見いだした。保護者のメンタルヘルスの重要性が指摘されているなか、抑うつ気分が高まり過ぎると子育て困難、さらに最悪の事態として子ども虐待などにつながる懸念がある。健康な養育者で普段は見落とされがちな抑うつ気分の深刻化に先立つ微候があることを利用した評価法は、脳の活動を見える化することにより、保護者本人や周囲の支援者の間で心の疲れを客観的・定量的にわかりやすく共有することができる。さらに、養育者支援につなげやすくなり、子育て困難の予防につながることが期待される。研究グループでは今後、この評価法を組み合わせた子育て困難を防ぐシステムを自治体などとともに連携して確立し、実効性ある社会システムとして提示する方針だ。
核家族化で地域の繋がり希薄に
少子化や核家族の進行、地域のつながりの希薄化など、社会環境が変化するなかで、身近な地域に相談できる相手がいないなど、子育てが孤立化することにより、負担や不安が増大している。こうした子育ての環境の変化は、保護者のメンタルヘルスの問題が生じやすい要因にもなっていると考えられるが、ここ数年は子育て困難、さらに子ども虐待や妊産婦の自殺等の予防という観点からも、メンタルヘルスの重要性が指摘されている。子どもへの身体的虐待、性的虐待、暴言による心理的虐待、ネグレクトなど、子ども虐待につながり得る子育て困難を防止するためにも養育者のメンタルヘルスの対応が望まれている。
たとえどんなに子ども思いの養育者であっても、体の疲れだけでなく、目に見えない心の疲れの蓄積から子育て困難に陥ってしまうリスクの線上にいる。研究グループでは、子育て困難や子ども虐待は急に起こるのではなく、〝養育準備〟〝健全養育〟〝養育困難〟〝養育失調〟という過程を経て進行していくものと捉え、深刻な事態を招かないために、段階に応じた予防的な養育者支援を提案することを目指している。
こうした考えのもと、研究グループでは、子育ての負担や不安から、ほぼすべての保護者が感じる気分の落ち込みといった心の疲れを表わす抑うつ気分の程度差に着目。〝健全養育〟段階の保護者の抑うつ気分の高まりが〝養育困難〟段階への過程の進行を促進する一因とみなして、予防的な養育者支援の研究開発を進めている。
抑うつ気分ほど低下する気持ち推測能力
評価法の開発にあたって、就学前の子どもを育児中の健康な女性を対象に、fMRI(帰納的磁気共鳴画像法)を使用した実験を行い、MRI装置のベッドの上に仰向けになってもらい、社会能力に関わる課題を遂行しているときの脳活動を測定した。大人の顔写真を見せ、実験参加者にその人物が表わす感情状態を推測するテストを実施。子育てでストレスを感じている抑うつ気分である保護者ほど、大人の気持ちを推測する能力に関与する脳活動がより低下していた。
支援者と保護者が「心の疲れ」状況を共有
今回の調査結果について、子育て支援者からは「目に見えない心の疲れが客観的・定量的に評価され、本人との間で共有でき適切な助言や支援につながりやすい」と高い評価を得ている。また、実験に参加した保護者からは「普段は気にかけなかった(心の)疲れを自覚するきっかけとなる」といった声が寄せられている。
この方法を取り入れた養育困難リスク評価は、養育者の脳の画像を通じて状態をわかりやすく示すことができ、さらに抑うつ気分が軽くなる経過も把握できるため、リスクが高い養育者が養育者支援を拒否することなく、積極的に事例が増えることが期待される。