大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立情報学研究所(NII)は、知識基盤社会で核心的な学力である「読解力」を科学的に診断し、その高低が発生する要因を特定する研究に昨年度から取り組んでいる。この研究を加速し、欠けた部分を補う教育方法を考案して子供たちの読解力を高め、わが国教育の質的向上に取り組むため、ベネッセなど教育に関わる企業・団体などと共同で、産学連携の「教育のための科学研究所」準備協議会をこのほど設置した。
協議会には、NII、ベネッセのほか、代々木ゼミナール、東京書籍、NTT、富士通が参画。さらに、野村総研の未来創発センターが協賛している。
教科書の内容、5割が「読み取れず」
NIIでは、社会共有知研究センター(センター長:新井紀子情報社会相関研究系教授)が昨年度、人工知能プロジェクト『ロボットは東大に入れるか』の一環として、子供たちが教科書に書かれているようなシンプルな文書をどれくらい正確に読むことができるかを、科学的に診断するテスト「リーディングスキルテスト(RST)」を開発。複数の教育委員会や学校の協力を得て、中学生と高校生に対する調査を実施してきた。
調査の結果、RSTを受験した公立中学校6校の生徒計340人のうち、約5割が教科書の内容を読み取れておらず、さらに約2割は基礎的・表層的な読解もできていないことが浮き彫りとなった。
「知識基盤社会」に不可欠な読解力
21世紀の知識基盤社会では、一生を通じて知識やスキルを学び続けることが必要となることから、義務教育である中学校の教科書の内容を正確に読み取れる力が重要な基盤の一つとなっている。
情報化社会で、生活の中ではあらゆるモノやコト、ビジネス面では商品やサービス、それらを企画・開発・製造する工程や販売、流通やマーケティング、さらには消費者の体験まであらゆるシーンでデジタル化する動きが進展している。こうした社会的な流れである「デジタライゼーション」により新たな職業が創出される一方、日本の労働人口の5割近くが就いている職業が10~20年後には人工知能やロボットなどで代替え可能になるとの推測結果も出ている。
こうした時代の変化に即して教育をデザインするためには、特定の理念やいくつかの成功事例だけでなく、大規模で客観的なデータに基づく科学が必要。しかし、ひとつの研究グループや企業が収集できるデータには限界があるため、教育に携わる公的機関、企業、団体、研究者の幅広い連携が求められている。
適切な取捨選択が重要
文書(テキスト)と図表から成る初見のドキュメントを、人がどのように読解するか。未だに解明されていない部分が多いが、新井センター長は、①文節を正しく区切る(例:私は学校に行く。→私は/学校に/行く。)、②係り受けの構造を正しく認識する(例:美しい水車小屋の乙女。→美しいのは「乙女」である)―などのプロセスが少なくとも含まれていると指摘する。
また、単に膨大な知識を獲得しただけでは、問題解決に役立つことができるとはかぎらないとし、得られた多くの情報間の重要度を適切に付与し、必要な情報を適切に取捨選択するプロセスの重要性を強調している。
協議会は、中学校卒業時点で、すべての生徒が教科書を正確に読める力を付けることを目指しており、産学連携による読解力向上を目指す研究が、従来以上に加速することが期待される。
新井センター長らは、今後も〝読むこと・理解すること〟に関して、認知科学・自然言語処理・人工知能等の研究分野で新たな知見が得られるごとに、その妥当性を検討した上で、読解プロセスのモデルを精微化し、テスト内容に反映する方針だ。