東海国立大学機構岐阜大学応用生物科学部の安藤 正規准教授、同学部附属野生動物管理学研究センターの池田 敬特任准教授、(国研)森林研究・整備機構森林総合研究所森林研究部門野生動物研究領域の飯島 勇人主任研究員らは、これまで都道府県スケールで推定されることが多かったハーベストベースドモデル(HBM)によるニホンジカの個体数推定において、岐阜県の収集したモニタリングデータに対してデータの質・量にフィットした適切なモデルを構築することにより、5平方キロメートル単位という高い空間解像度で個体数を推定することに成功した。また、単一のモデルの中で、生息頭数や捕獲圧などの地域差に基づくニホンジカの生息動向の地域差を表現することが可能であることを実証した。空間解像度の高いニホンジカ生息個体数推定結果を活用することで、市町村といった地域単位で適切かつ効率的な捕獲や防除等の対応を検討していくことが可能となる。
空間解像度の高いHBM構造を ベースにHBMを複数構築
ニホンジカの個体数増加は農林業被害や生息地の植生の衰退を引き起こすことが知られており、問題解決のための手段の1つとして、個体数管理があげられている。
大型草食動物の個体数管理のためには、その生息数を把握することが必要であり、国内ではHBMを用いた個体数推定が各地で実施されてきた。しかし、HBMの構造による推定値の変化や、不適切なモデル構造によって推定に誤りが生じる可能性等についてはあまり議論が進んでいなかった。
また、これまで国内のニホンジカ保護管理で実施されてきた個体数推定事例の多くは、都道府県のような広域を1単位としたものであり、生息密度の地域差を表現できるような空間解像度の高い推定を実施した事例は多くなかった。
今回の研究では、Iijima et al.(2013)が提案した5平方キロメートル単位(狩猟メッシュ単位)での空間解像度の高いHBM構造をベースに、岐阜県が2008年~2019年にかけて集積してきた空間解像度の高いニホンジカのモニタリングデータを最大限活かすことを念頭においたHBMを複数構築し、個体数推定の実施・検証を行った。
現地調査データを強く信頼するモデルで現実的な個体数推定値が得られた
狩猟スタイルや狩猟に費やす時間によって個人差が大きくなる狩猟者へのニホンジカ目撃頭数のアンケート調査データに対し、専門家が決められた手順に従って実施する糞塊数調査等の現地調査データは、ニホンジカ生息数の指標としてよりばらつきが少なく、客観性が高いことが予想される。
今回の研究では、このように様々な方法によって収集されたモニタリングデータの質の違いに着目して複数のモデルを構築し個体数推定を実施したところ、狩猟者を対象としたアンケート調査と規定の方法に従って得られた現地調査データを同様に扱ったモデルでは、適切に個体数を推定することができなかった。
一方、アンケート調査よりも現地調査データを強く信頼する形としたモデルでは、現実的な個体数推定値が得られた。また、1つのモデル内でニホンジカ生息数分布の偏りや増減傾向の地域差を高い空間解像度で推定することに成功した。具体的には、県中央部と南西部の2地域にニホンジカ生息数の高いエリアがあり、このうち中央部は2014年まで増加したのち2019年までにかけて減少してきたことが確認された一方、南西部では中央部と比較して減少傾向が小さいことが明らかとなった。
この傾向は、令和元年度に岐阜県が実施したニホンジカによる森林下層植生衰退状況調査において、県南西部でニホンジカによる下層植生の衰退が顕著であったという結果とも一致していた。
今後の展開
今回の研究では、データの質・量に対して適切なHBMを構築することによって、高い空間解像度でニホンジカ生息数を推定することができた。これまでのニホンジカ個体数推定は都道府県単位で実施されることが多く、市町村より狭い地域単位での生息状況を把握することは困難だったが、今回の研究成果を活用することで、捕獲や防除といった地域単位での対策を適切かつ効率的に検討・実施していくことが可能になる。今後、ニホンジカの保護管理で大きく貢献することが期待される。
また、研究では、一部のデータを強く信頼する形でモデルを構築することによってニホンジカ個体数の推定に成功したが、このようなモデル構造に対して強く信頼できる現地調査データが量的・質的に不十分な場合、データの偏りが推定パラメータに強く影響を与えることで適切な推定値が得られないというリスクが生じる。今後、信頼性の高い現地調査データを時間的・空間的に十分量集積していくことで、より正確で安定的なニホンジカ個体数推定が実施されることが望ましいと指摘されている。