2022年8月17日 イネとカメムシの成長タイミングが斑点米発生に関係 気候変動下における農業の適応策につながる成果

東京都立大学大学院都市環境科学研究科の田村 優衣大学院生(当時)、大澤 剛士准教授、中央大学の高田 まゆら教授、農研機構東北農業研究センターの田渕 研上級研究員、国立環境研究所の吉岡 明良主任研究員らの研究チームは、イネの出穂時期データと気象データに基づくカメムシ2種の発生シミュレーションを組み合わせることで、斑点米はイネとカメムシの成長タイミングが一致したときに発生する可能性が高いことを明らかにした。

 

多大な被害をもたらす斑点米被害

食料の安定的な生産は、農業の最も重要な役割である。加えて農業を行う農地は、良好な景観の形成や生物多様性の保全等、食料生産以外にも多面的な機能を持ち、様々な利益をもたらす。しかし、農業活動は自然環境を利用する活動であるため、害虫発生をはじめとする様々な困難を避けられない。

また、水稲作は、わが国の農地の約半分を占める主要な農業形態だが、これまで様々な病害虫の被害に悩まされてきた。農業関係者は、安定的な食料生産に向け、こうした病害虫に対する研究や技術開発に取り組み、克服してきた。しかし、それでも新たな課題は尽きることなく発生している。

現在の水稲作では、カメムシ類の吸汁によってコメが変色し、価格が下落する「斑点米」の抑制が、最も重要な課題の一つとなっている。その被害は全国各地で発生しているが、東北地方では近年その発生面積が増加傾向にある。

東北における斑点米発生の主要因は「アカスジカスミカメ(アカスジ)」や「アカヒゲホソミドリカスミカメ(アカヒゲ)」によるものと考えられる。これらカメムシはいずれも体長4~5mm程度の在来種であり、それぞれ野外での発生数が年ごと、地域ごとで大きくばらつくことが知られている。さらに、斑点米自体の発生も年や地域で大きくばらつき、どういった条件下で被害が発生するのかというメカニズムは不明のまま、農業関係者もこの対策に苦慮している。一つの可能性として気候変動の影響があげられていたが、詳細な原因は未解明のままだった。

 

2種の発生シミュレーションを組み合わせ

東京都立大学、中央大学、農研機構、国立環境研究所らの研究チームは、「気象条件に対する応答がイネとカメムシで異なるのではないか」という予測の下、長期観測データと気象データに基づくシミュレーションを組み合わせることで、斑点米の発生メカニズムを検討した。

まず、秋田県の農業関係機関の協力の下、県内全域を対象に2003年から2013年までの11年分という長期的なイネの観測データや斑点米被害データを一元化した。このデータを分析した結果、アカスジ、アカヒゲの両種が餌資源として好み、積極的に攻撃を仕掛けるイネの出穂期(イネの茎から穂が出てくる時期)は11年間で基本的に変わっていないことが明らかになった。

続いて、毎日の温度から対象生物ごとに設定される基準値を超えた温度の合計値によって生物の成長段階を推定する有効積算温度という考え方に基づき、イネのデータと同じ期間のアカスジ、アカヒゲの生活史を日別の気象データを用いたシミュレーションによって推定した。

既往研究において、アカスジは第二世代の成虫期に、アカヒゲは第三世代の幼虫期にイネを積極的に加害することが明らかになっている。そこで、各年のいつ、両種の攻撃期間があったかを推定した結果、両種とも11年間でイネを攻撃する期間が早期化している傾向が見出された。

さらに、これらイネの観測データと推定したカメムシの攻撃期間を組み合わせ、斑点米被害の発生との関係を検討した。具体的には、既往研究によって各カメムシがイネを積極的に攻撃するとされる出穂後の一定期間、すなわちイネの脆弱期間とカメムシの攻撃期間が一致した年には斑点米が発生するという予想に基づいた統計的な検討を行った。

その結果、秋田県においてアカヒゲが優占していた期間(2003年~2005年)は、イネの出穂期とアカヒゲの幼虫期間が重複していた地域で斑点米が発生する傾向が強いこと、アカスジが優占していた期間(2006年~2013年)においては、イネの出穂期とアカスジの成虫期間が重複している地域で斑点米が発生する傾向が強いことがそれぞれ示された。

これらの結果は、気象条件に対するイネとカメムシの反応が異なること、その年、地域の気象条件にそれぞれ反応して決まるイネの脆弱期間とカメムシの攻撃期間が一致した場合に、斑点米の被害が発生している可能性を示唆するものである。

 

将来的な被害予測や被害回避への貢献に期待

これまでの研究でも、植物と動物では気候変動に対する応答性が異なることは議論されており、その結果として生物間の相互作用も変化しうる可能性が考えられてきたが、この検証には長期かつ広域的な観測データが必要となるため、実証研究は限られていた。今回の研究は、農作物と有効積算温度によるシミュレーションを組み合わせ、気候変動に応じて生物間の相互作用が実際に変化しうることを実証したものとなる。

気象条件はコントロールできないが、農作物であるイネの成長は栽培スケジュール等を工夫することである程度コントロールすることができるため、将来的にはイネの脆弱期間とカメムシの攻撃期間をずらし、斑点米の発生を防ぐ農法等が確立されることが期待される。さらには、将来気候を予測する研究は多々行われているため、これら将来気候の予測結果を利用してカメムシの発生を予測することもできるようになる可能性がある。

今回の研究は、斑点米の発生を予測する上で重要な知見になるとともに、現在も進行する気候変動が様々な生物間の相互作用にどう影響するかに対して、一つの重要な示唆を与えるものとして注目されている。


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