農研機構が2021年4月に新設した農業ロボティクス研究センターでは、最先端のロボティクス技術とシステムインテグレーション技術の農業生産現場への展開を通じて、農業・食品産業分野における「Society5.0」の早期実現を目指して、研究を進めている。その成果として、イチゴのジャストインタイム生産(JIT生産)に向けた生育センシングシステムを開発した。このシステムにより収穫日予測に必要な生育情報を自動で収集し、本システムと生育モデルやAIを活用した生育制御技術とを組み合わせることで、イチゴの収穫日を将来的に高い精度で制御することが可能になる。
〈新規就農者等でも失敗しないデータに基づく生育制御技術へ寄せられる期待〉
イチゴは全国の出荷量が約14万6800t(2020年)、卸売価額が約1602億円(2020年)であり、わが国ではトマトやキュウリと並ぶ最も市場の大きな野菜の一つである。
他の野菜と異なる特徴として、イチゴの需要は年間を通じて大きく変動する。特に、12月中旬から1月上旬までにかけては、クリスマスや年末年始の需要により、イチゴは高値で取引される。例として、12月の需要週は前週に比べ、日別市場出荷量は1.3倍(152t→203t)、販売単価は1.4倍(1543円/kg→2090円/kg)に増加することが知られている。
そのため、イチゴ生産では、需要の高まる時期に出荷ピークを確実に合わせることが経営上非常に重要である。一方、年明け1月中旬から4月下旬にかけても、イチゴが多く出回る時期であり、出荷量の増減を平準化した切れ目ない出荷が、産地として求められる。
イチゴ生産では、作型の選択や、定植日を調節するなどの工夫により、高価格な需要期での出荷ピークを狙うが、年ごとの気象条件の違いにより常に成功しているわけではない。また、気温管理等によって出荷時期・量の調整も試みられているが、管理者の経験や勘に依存している。そのため、新規就農者や非熟練者でも失敗しない、データに基づく生育制御技術が求められている。
こうした状況の中、研究センターでは、施設野菜を対象に、データ駆動型のJIT生産システムの実現を目指している。特に、施設野菜の中でもイチゴを対象として、生育を精密に制御し、果実の収穫日を需要期の求められた出荷日に合わせることができるJIT生産システムの研究開発を進めている。
イチゴのJIT生産を実現するためには、果実の収穫日を正確に予測する必要がある。収穫日予測には、果実発育の開始タイミングとなる開花日や、果実発育速度に影響する果実温度といった生育情報が必要となる。
今回の研究では、イチゴ群落の画像を自動で収集し、必要な生育情報を評価する生育センシングシステムを開発した。
〈今回開発されたシステムの特徴・強み〉
今回開発されたのは、多様な気象環境を再現する人工気象器に格納可能な、イチゴ用生育画像自動収集システム。このシステムでは、市販のRGB‐Dカメラ、熱画像カメラ、電動スライダを組み合わせ、複数株イチゴ群落のRGB画像・熱画像・距離画像を取得する。近接画像をつなぎあわせるパノラマ撮影方式を採用しており、カメラから対象物が25~40cmと接近していても、ハウスの高設ベッドのような、より長いイチゴ群落を撮影することも可能。現状の試作機では、RGB画像・距離画像を1株あたり約4.7秒の速度で取得できる。
イチゴ開花日は、果実発育の開始タイミングとして重要な情報である。開花日特定のためには、画像から開花状態の花を精度よく認識する必要がある。今回開発された開花認識AIでは、蕾~花弁離脱までの開花の状態を多段階に分けて学習させる手法を新たに採用した。その結果、開花認識率は88.8%へ大幅に向上し、人工気象器で試験した45花の開花日を平均絶対誤差プラスマイナス1日以内で特定することが可能となった。
果実の発育は、温度の影響を強く受けるが、果実発育の速度は気温に加え果実温度を考慮することで、正確な評価が可能となる。今回構築された生育画像自動収集システムでは、イチゴのRGB画像・熱画像を同時に取得できるため、RGB画像で果実をAIで認識し、熱画像でプラスマイナス0.4度以内の誤差で計測した果実温度を表示することが可能。さらに、距離画像を利用して果実同士の境界を検出するプログラムを開発し、果実同士の分離が難しい房なり状態のイチゴでも、個別の果実温度測定が可能になった。今後、取得した果実温度を学習用データとして、収穫日を高精度に予測する生育期間予測AIを開発するとしている。
さらに、こうした開発技術を統合した生育センシングシステムを人工気象器で栽培するイチゴに供試し、適用性を確認した。精密な環境制御により多様な気象条件を再現しながら、経時期的な生育情報の収集が可能になった。
〈施設環境制御システムと組み合わせてJIT生産システムの実現を目指す〉
研究グループでは、今回開発された生育センシングシステムにより収集される開花日・果実温度のデータを用いて、今後、高精度な生育期間予測AIを構築することを考えている。最終的には、施設環境制御システムと組み合わせ、JIT生産システムの実現を目指すとしている。今年度に、ハウス等での試験を通じてJIT生産システムを実証し、導入効果を検証する予定だ。