農研機構、千葉大学、青森県産業技術センターは共同で、大規模な遺伝解析と遺伝子発現解析により、リンゴ果実のみつ入りに関わる有力な原因遺伝子候補を絞り込み、みつの入りやすい個体を予測できるDNAマーカーを開発した。今後、みつの入りやすい品種やみつの入らない品種を幼苗段階で効率的に選抜するのに役立つとともに、リンゴをはじめとするバラ科果樹の果実にみつが入るメカニズムの解明につながることが期待される。
みつの入りやすさを正確に 評価するには複数年の調査が必要
みつ入りリンゴは、日本を含むアジアの多くの消費者に、おいしい果実である目安として認識されている。一方、長期保存中にみつ部分が褐変することがあるため、前年に収穫したみつ入りリンゴは翌春以降に販売する長期保存には向かないという欠点もある。
みつの入りやすい品種、入らない品種を計画的に育成できれば、様々な用途向けの品種育成が可能になると期待されている。
リンゴの品種開発では、初めて実がなるまで播種から7~8年かかる上に、みつ入りは環境の影響を受けやすく、調査年や調査果実によってみつが現れないことが多々ある。このため、みつの入りやすさを正確に評価するには複数年の調査が必要となり、とても時間がかかる。
そこで研究チームは、幼苗の段階で遺伝的にみつが入りやすいかどうか予測できる手法の開発に取り組んだ。
研究成果のポイント
〈みつ入りの原因ゲノム領域の特定〉
研究チームは、リンゴの品種や育種実生2739個体を用いて、みつ入りの有無とゲノム構成との関連をGWASと呼ばれる手法で解析した。その結果、第14番染色体にみつ入りと強く関連するゲノム領域が検出された。また、この領域で、みつ入りしやすい祖先品種「デリシャス」に由来するゲノムを持つ場合に、みつ入りする程度が高くなることを確認した。
〈有力な原因遺伝子候補の絞り込み〉
検出されたゲノム領域には775の遺伝子が存在しており、どの遺伝子がみつ入りに関与するのか絞り込むため、「デリシャス」の子孫でみつの入りやすい2品種と、みつの入らない2品種の間で、これらの遺伝子の発現を比較した。
異なる品種組合せで2通りの比較を行った結果、「MdSWEET12a」という遺伝子のみ、発現量に明確な差が認められた。このため、MdSWEET12aがみつ入りの有力な原因遺伝子候補と考えられた。
〈ソルビトールの蓄積とみつの発生〉
MdSWEET12aは、糖の輸送を担うタンパク質のひとつをコードする遺伝子で、成熟果実の芯の周辺(みつの発生部位)でのみ発現し、その発現を分子生物学的手法で抑制すると果実に含まれるソルビトール含量が減少することがZhangら(2022)、Nieら(2023)の研究で分かっている。
これらのことから、MdSWEET12aの発現は果実でのソルビトール蓄積を促しており、この蓄積がみつの発生を引き起こしていると考えられる。
〈早期選抜用DNAマーカーの開発〉
「デリシャス」に由来するMdSWEET12a(MdSWEET12a‐D)がみつ入りを誘導する遺伝子であると推定されたため、研究チームは、これを検出するDNAマーカーを開発し、MdSWEET12a‐Dの有無とみつ入りの関係について、158品種・系統を用いて調査を実施した。
その結果、MdSWEET12a‐Dを持つと判定された36個体のうち32個体(89%)は岩手県盛岡市での調査期間中(平均8年間)に基準以上のみつが観察され、持たないと判定された122個体のうち94個体(77%)は基準に達するみつが観察されなかった。
このDNAマーカーにより「デリシャス」からみつ入りの特性を受け継いだ個体を一定の精度で識別できると考えられる。
周年供給の拡大に寄与する品種の開発に期待
今後、幼苗段階で、日持ち性など様々なDNAマーカーと併用して育種実生を早期選抜することにより、収穫後早期の消費に適したみつの入りやすい品種や長期保存に適したみつの入らない品種など、リンゴの周年供給の拡大に資する品種の効率的な開発につながることが期待される。
また、候補遺伝子の詳細な解析により、みつ入りのメカニズムをさらに詳しく解明することで、栽培環境に左右されず安定的にみつが入る品種を計画的に作出できる可能性がある。
一方、リンゴと同じバラ科果樹であるニホンナシやモモでは、果実のみつ入りは「みつ症」と呼ばれ、果実品質を低下させる生理障害として生産現場で問題視されている。特に、ニホンナシのみつ症は、ソルビトール蓄積に誘発されるリンゴのみつ入りと類似の生理障害と考えられており、「豊水」など、発生しやすい品種があることも明らかになっているが、遺伝的な原因は分かっていない。
今回の研究で得られた情報をもとに、みつ入りのメカニズムを明らかにすることで、これらのみつ症の解決にもつながることが期待される。