2024年5月30日 上野英信自筆資料を公開 国文研が高精細デジタル化実現

国文学研究資料館は、福岡市総合図書館(福岡市文学館)が所蔵する上野英信自筆資料45点(2146枚)の高精細デジタル化に取り組み、今年5月に国文研の「国書データベース」公開した。戦後日本の労働運動を代表する文学者である上野英信の自筆資料コレクションは、作家の実像をあらためて鮮明に浮かびあがらせるだけでなく、近代日本の記録文学の流れ、さらに労働と言葉の関係について知るための重要資料を多く含んでいる。

上野英信(1923‐1987)は山口県吉敷郡井関村(現・山口市阿知須)に生まれた。満洲建国大学に入学後に学徒出陣し、1945年に広島で被爆。京都帝国大学に編入学の後中退して九州の炭 坑で働き始める。

炭坑労働者の文芸工作集団による雑誌「地下戦線」に仲間とともに作品を発表、『えばなし・せんぷりせんじが笑った!』(1954)をガリ版で刊行するとともに、谷川雁や森崎和江とともに「サークル村」を創刊。戦後社会で社会運動と集団的な記録・創作文芸を連関させる道を開いた。

サークル村以後、『追われゆく坑夫たち』(1960)や『地の底の笑い話』(1967)を発表しつつ、鞍手町に私設図書館「筑豊文庫」を開き、炭坑閉鎖後の坑夫たちのゆくえを南米に探った『出ニッポン記』(1977)、沖縄の眉屋一族の歴史から沖縄の近代を描き出した『眉屋私記』(1984)を発表した。

英信の文学は戦後日本の文学史にとって重要であるだけでなく、日本の石炭エネルギーとその終焉がもたらしたさまざまな影響を考える上で重要な記録と提言で、その影響は政治史・社会史・思想史に及んでいる。

『出ニッポン記』と『眉屋私記』に描かれた移民の記録は、今日の日本社会について考える上で示唆を与えるもの。英信の文学が提起した問題の数々は、今日こそ読 み直されるべき性質のものであるといえる。上野英信の自筆資料は、上野家の人々が保存に努めてきたもので、現在は福岡市総合図書館(福岡市文学館)が所蔵している。

2023年から同館と国文研との協力・連携のもと進め たデジタル化により、英信の自筆資料のインターネットを通じた検索・閲覧が〝いつでも、どこでも、どなたでも、そして無料で〟可能となった。「国書データベース」は今年度から、国文研の旧「近代書誌・近代画像データベース」のデータを統合している。

 

 ■デジタル公開の意義

高精細画像によって公開される原稿には、英信とその仲間たちが労働と文芸を両立させるために払った労力が如実にあらわれている。『創作戯曲/任俠の川は甦える』(1953)は「筑豊炭 坑労働者文芸工作集団用紙」に書かれ、自作原稿用紙に書かれた『えばなし・せんぷりせんじが笑った!』(1954)はガリ版のレイアウト通りになるようマス目を工夫している。こうした集団的な創作の実態を、今回の画像公開によって確認することもできるようになった。原稿でのレイアウトの工夫は後年の『写真万葉録・筑豊』(1984~86)にも続いており、妻・上野晴子による清書原稿も確認できる。

今回公開する自筆資料は上野英信の初期作品から晩年の『眉屋私記』、『写真万葉録・筑豊』に至る時期の作品で、英信の労働運動と文芸の展開をたどることが可能。作中の方言を標準語に変更した『一鍬ぼり』(のち『えばなし・ひとくわぼり』1955)の訂正や、『追われゆく坑夫たち』(1960)の原型と考えられる『地獄の息子たち』、『地の底の笑い話』(1967)の原型と考えられる『石の中のみずうみ/炭坑の笑い話』を完成形と比べながら見ることで、英信が炭坑に見ようとした物語の形を捉え直すこともできる。


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