2019年6月24日 文豪夏目漱石が時空を超えて語りかける言葉

梅雨の晴れ間、気晴らしにと散歩がてら一昨年秋に開館した東京都新宿区の漱石山房記念館に行った。夏目漱石の生誕150周年を記念して、東京都がこの山房を門下生や遺族の証言に基づき10畳の書斎などを再現したそうだ。晩年の大半を過ごし、「三四郎」や「こころ」を執筆した家である。代表作品の一節がパネル展示されている。「熊本より東京は広い。東京より日本は広い・・・日本より頭の中は広いでしょう」(「三四郎」から)。「自分に誠実でないものは、決して他人に誠実ではありえない」といった名言。漱石が時空を越えて語りかけてくるかのようだ。

漱石は「吾輩は猫である」の中で、「今、ある実業家の所へ行って聞いて来たんだが、金を作るのも三角術を使わないといけないというのさ。義理をかく、人情をかく、恥をかく、これで三角になるそうだ。面白いじゃないか」と記述している。三角術とは数学の三角法のことで、「三欠くの法」と言いかえたのかもしれない。お金を貯める秘訣は、大事な事を犠牲にする覚悟が必要である。高齢者にとって大切なことは孤独にならないことだが、人付き合いに絡む金の使い方は、「老後資金2千万円問題」これありで、三角術にいう義理や見栄での付き合いを少なくすることが鉄則であろう。

ところで、小説家で随筆家の内田百閒は漱石の門下だった。頑固偏屈、かつ我儘で無愛想な人物だったそうだ。「お金の話は清談」と漱石とはちょっと違う人物のようだ。ペンネームの百閒の他に、借金に語呂合わせで「百鬼園」と別号も使っていた。著作の中に借金を主題にしたものが多く、借金を錬金術と称して、独自の哲学をもっていた。81歳で亡くなるまで、猫をこよなく愛して「贋作吾輩は猫である」をはじめ多くの著作を漱石より長生きした分残している。同門の二人の小説家であるが、お金に関わる執筆が好対照であったことに興味を覚える。

さて、漱石は正岡子規との交流で文学的才能を開花させて、40歳で東京朝日新聞社に入社した。長編小説を年一作執筆する契約を結んだが、人気の維持と締め切りの重圧から胃病を発症し、精神的にも不安定であったようだ。このためか明治の大文豪はかなり偏屈な人物であったそうだ。静養先の伊豆修善寺で大量喀血して49歳という若さで旅立った。遺書も辞世もなかった漱石が、現在の平均寿命並に長生きしたならば、どんな含蓄ある言葉を残していただろうか想像しつつ展示パネルを見て回った。


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