2021年9月6日 将来の不確実性を考慮に入れた飢餓リスクを算定 食料備蓄がどの程度追加で必要になるかを明らかに

京都大学大学院工学研究科の藤森准教授、立命館大学の長谷川准教授、農研機構の櫻井上級研究員、国立環境研究所の高橋副領域長、肱岡副センター長、増井室長の共同研究チームは、気候変動によって極端な気象現象が増え、世界全体の将来飢餓リスクがどの程度増えるのか、それに備えるには食料備蓄がどの程度追加で必要になるかを明らかにした。

気候変動は、極端な気象現象の頻度、強度、空間的広がりを増大させると予測され、将来の食料生産にとって重要な懸念事項となっている。しかし、これまでの研究では食料安全保障は確率的に表現した極端現象を対象とはせずに、平均的な気候変動下の想定で分析されてきた。今回、研究グループは、作物モデルと将来の気候の不確実性を考慮に入れて、極端な気象現象が将来の食料安全保障に与える影響を推定した。その結果、100年に1回程度しか起こらない稀な不作について解析すると、世界全体の飢餓リスクは、2050年において平均的な気候状態と比べて温暖化対策なしケース、温暖化対策を最大限行い全球平均気温を2℃以下に抑えたケースそれぞれで20~36%、11~33%程度増加する可能性があることが分かった。南アジアなどの所得が低く、気候変化に脆弱な地域では、こうした影響に備えるために必要な食料備蓄量は、現在の食料備蓄の3倍にも上る。

今回の研究は、今後の温室効果ガス削減の重要性を再確認するとともに、温暖化してしまった時に備える適応策の重要性も示している。

 

〔極端な気象現象の発生頻度がどう変わっていくのかを考慮〕

現在、気候変動の影響は洪水、熱波、森林火災など各方面で顕著に表れており、人為起源の温室効果ガスの排出がこれらの事象に大きく寄与しているとされている。また、日本をはじめ、各国が政策目標としてカーボンニュートラルを掲げており、温暖化対策は喫緊の社会的課題となっている。

農業の温暖化影響についてみると、これまでの研究では緩やかな気候の変化の平均的な姿についての解析が主とされてきた。一例として、「2050年では温暖化により○○%の作物生産量減少が見込まれる」といった形だった。しかし、年々変化する気象条件とそれによる作物生産への影響は大きな振れ幅を持っており、本来の農業の影響は極端な気象現象の発生頻度がどのように変わっていくのかということを考慮しなくては、将来の気候変化にどのように対応していくかがわからず、当該分野の重要な研究課題として長く残されていた。

そこで、今回の研究では、「将来の極端な気象現象がどのように変わっていくのか」、「それにより食料安全保障、具体的には飢餓に直面する飢餓リスク人口がどのように変わるのか」ということを複数のモデルを組み合わせて予測し、それに対応するための気候変動適応策についても検討を行った。

 

〔温暖化の抑制に成功しない場合に貧困層に大きな被害が発生しうる〕

検討の結果、社会経済的な変化のみを考慮し、気候が現状のままだと仮定したベースラインシナリオでは、飢餓リスク人口は2050年に3億6000万人と推計された。そこから「温暖化対策を行わなかったケース」、温室効果ガス削減を実施し「温暖化対策を最大限行ったケース(パリ協定の2℃目標相当)」について飢餓リスク人口を推計した。この時、作物モデルや気候の不確実性を考慮に入れたところ、温暖化対策なしケースと最大限対策を行ったケースでの飢餓リスク人口の中位値は、それぞれ4億4000万人、4億人と推計された。また、2050年時点で100年に1度程度の頻度の稀ではあるが非常に強い不作が発生すると、飢餓リスク人口は温暖化対策なしケースと温暖化対策を最大限行ったケースでそれぞれ6億人、5億3000万人となった。気候や気候への作物の応答に由来する飢餓リスク人口の不確実性については、温暖化対策なしケースでは温暖化対策を最大限実施したケースに比較して大きくなった。

さらに、これらの100年に1度の頻度で発生する不作によって発生する追加的な飢餓リスク人口の増加を回避するために、追加的に食料備蓄がどの程度必要になるかを推計した。その結果、温暖化対策なしケースでは1億8000万トンの穀類、金額にすると340億ドル(日本円で約3兆8000億円相当)に達する。この値は、現在の世界全体の穀類の備蓄の1/4に相当する。また、南アジアでは現在の備蓄の3倍に相当することが分かった。

これらの結果は、温暖化の抑制に成功しない場合、貧困層に大きな被害が発生しうること、飢餓リスクを抑えるために相応の追加的な適応策が必要であることを意味する。温室効果ガス排出量を削減する緩和の努力はもちろん、今後顕在化してくる温暖化に備えて、国際協調等で温暖化に適応していくことの重要性を示唆している。

 

〔AIMとPRYSBI2を活用〕

今回の研究では、京都大学、立命館大学、国立環境研究所、農研機構の4つの研究機関が開発するシミュレーションモデルを用いて将来予測が行われた。具体的には、AIM(Asia‐Pacific Integrated Model:アジア太平洋統合評価モデル)と呼ばれる統合評価モデルと、PRYSBI2と呼ばれる作物モデルが用いられた。

AIMは、将来の人口とGDPを入力して気候、エネルギー、経済システム、食料需給、土地利用、温室効果ガス排出量、温室効果ガス排出削減量などを出力(将来推計)するモデル。PRYSBI2は、気候条件や経済条件などを入力し潜在的作物収量を計算するモデル。

飢餓リスク人口は、作物収量の変化を通じて起こる価格変化、さらにその価格変化に対する消費者の応答から計算される食料消費量から計算された。


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