2023年1月25日 先駆、目指すは「最高の生活の質」 スウェーデンから学ぶ認知症ケア【山口宰コラム】

高齢化の進行に伴い、日本では認知症の人が増加を続けており、2025年には高齢者の5人に1人にあたる730万人に達すると推計されています。【山口宰】

認知症は、65歳以上の要介護者の「介護が必要になった主な原因」の18.1%となっており、最も大きな割合を占めています。このような状況を受け国は、認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らすことのできる社会を目指した「認知症施策推進大綱」を、2019年に取りまとめました。

では、日本より早く高齢化が進んだスウェーデンでは、認知症ケアにどのように取り組んでいるのでしょうか。今回は、スウェーデンの認知症ケアにフォーカスを当てたいと思います。

 

◆ スウェーデンでも大きな課題に

スウェーデン・ストックホルム

現在、スウェーデンでは13万人~15万人が認知症であると推定されていて、毎年2万人~2万5千人増加しています。社会庁(Socialstyrelsen)のデータによると、この数は2030年に18万人~19万人、2050年には25万人になると予測されています。

認知症の人の約6割が自宅で、約4割がケア付き住宅(高齢者施設)で生活を送っています。

また、認知症対策にかかる社会的コストは629億クローナ(約7950億円)と推計されていて、高齢者ケア分野での大きな課題の1つとなっています。

現在、スウェーデンの認知症ケアは、2010年に策定された国のガイドライン(最新版は2017年)に基づいて実施されています。このガイドラインは、パーソン・センタード・ケアの理論をベースとし、認知症の診断、BPSD、評価とフォローアップ、多職種連携、スタッフの教育など、多岐にわたる範囲について指針を示しています。

これらの取り組みを具体化するためには、2008年に設立された「スウェーデン認知症センター(Svenskt Demenscentrum: SDC)」が重要な役割を果たしています。

SDCは認知症と認知症ケアに関する知識の収集、構造化、発信、評価や研究結果の取りまとめ、認知症ケアに関するより実践的な知識の開発などを行っています。国のガイドラインに基づいたオンライン研修も実施していて、医療・福祉関係者など約50万人に利用されています。

また、自身の母親が認知症になった経験から、シルヴィア王妃によって1996年に設立された「シルヴィアホーム」の存在も忘れることはできません。

ここでは、新しい認知症ケアの理念に基づき、介護スタッフ(シルヴィア・シスター)や医師、看護師、理学療法士の教育を行い、シルヴィアホーム・ケア哲学を国内外に広める役割を果たしています。その哲学は、「認知症の人とその家族、介護者チーム双方にとって可能な限り最高の生活の質を目指す」という共通の価値観に基づいて構築されており、スウェーデンの認知症ケアの基盤となっています。

 

◆ スウェーデンで認知症になったら

ヴェクショー市の認知症看護師ヨハンナさん(筆者撮影)

では、スウェーデンで認知症になったら、どんなプロセスを経ることになるのでしょうか。ヴェクショー・コミューン(ヴェクショー市)の認知症看護師、ヨハンナ・レアンデションさんにお聞きした、あるケースをもとにご紹介したいと思います。

75歳のアンダシュさんは、5年ほど前から物忘れが目立つようになりました。若い頃はエンジニアとして活躍し、とても几帳面な性格でしたが、最近、日常生活のちょっとしたことを面倒がり、衛生管理もうまくできなくなってきたため、妻のビルギッタさんは彼を地域の保健センターに連れて行きました。

検査の結果、医師はアルツハイマー病との診断を行いました。この情報は家族の同意のもと、コミューン(市)のサービス判定員や認知症看護師に伝えられました。この時点でアンダシュさんへの対応は、コミューンが責任を持って行うこととなります。

認知症看護師は、アンダシュさん本人や家族とコンタクトを取って、認知症ケアに関する情報を提供しました。家族向けの勉強会を案内し、小さな孫たちには、絵本や映画を使って認知症とはどんなものかを伝えました。

また、家族支援員と連携して家族のサポートを行ったり、介護サービス判定員や各サービスの責任者と、サービス内容について相談をしたりしました。

さらに、必要に応じて、GPSシステムや服薬管理ロボット、認知症でも見やすい腕時計などを紹介し、アンダシュさんの在宅での生活をサポートしました。

数年後、認知症の進行に伴い、いよいよ家族の力だけでは在宅での生活を継続させることが困難になってきました。

悩んだ末、ビルギッタさんは、アンダシュさんをケア付き住宅(高齢者施設)に入居させることを決断しました。家具や思い出の品を持ち込み、家の寝室に近い雰囲気づくりをしたり、これまでの生活歴をノートにまとめたりしたことが功を奏し、アンダシュさんは入居直後からとても落ち着いていました。

家具や思い出の品に囲まれたケア付き住宅の居室(筆者撮影) しかし、穏やかな日々は長くは続きませんでした。スタッフや他の入居者に細かなことまで注意したり、若い頃の自分の写真に対して怒り出したり、他の居室のドアを叩いて大きな音を出したりするようになりました。新型コロナウイルス感染防止のため、スタッフがマスクやフェイスシールドをしていたことも、コミュニケーションがうまくいかなくなった原因のひとつでしょう。

このようなアンダシュさんに対してどんなケアを行うべきか − 。施設長、コンタクトパーソン(担当スタッフ)、看護師でミーティングが持たれました。コミューン(市)の認知症看護師も参加し、他の施設での取り組みを紹介するなど、アドバイスを行いました。

そして、アンダシュさんの毎日の生活の様子を注意深く観察し、データ化することで、その時々の気持ちに寄り添うパーソン・センタードなアプローチを行う、という方針を決定しました。

毎日の日課である散歩を続けたり、本人が過ごしやすい環境を整えたりするなど、スタッフがチームとなってアプローチをすることで、徐々にアンダシュさんは落ち着きを取り戻していきました。NPIスコア(BPSDの評価指標)は3週間で73点から8点へ改善し、薬もセーブできるようになったほか、ユニットの雰囲気も以前のように良くなりました。

それから3年後、アンダシュさんの状態は悪化し、終末期を迎えました。ビルギッタさんはいつでも訪問することができ、居室に泊まることも認められています。延命はせず、薬も痛みを取るための最小限にセーブし、彼が大好きだったジャズを聴きながら、穏やかに最期の時を2人で過ごすことができたのでした。

 

◆ 認知症看護師と多職種の機動的なネットワーク

このケースでも中心的な役割を果たしていた認知症看護師は、認知症に関する専門教育を受けた専門看護師の総称で、所属する組織によってその役割や求められる資格・経験は異なっています。

しかし、認知症看護師を配置しているコミューン(市)ほど、認知症の診断や訪問活動、各種サービスの提供を熱心に行っていることが調査で明らかになっているなど、スウェーデンの認知症ケアにおいて欠かせない存在と言うことができるでしょう。

現在、スウェーデンの約70%のコミューンに認知症看護師が配置されています。コミューンの認知症看護師は、「巣の中のクモ」としばしば表現されるように、認知症高齢者、家族、高齢者ケアや医療ケアのスタッフ、行政関係者、市民などをつなぎ合わせる役割を担っています(図1)。

図1:認知症看護師を中心とした認知症ケアネットワーク

認知症高齢者本人や家族に対しては、認知症やサービスに関する情報を提供したり、ケアや家族としての接し方についてアドバイス・サポートをしたりしています。

また、高齢者介護に従事するスタッフに対しては、認知症ケアに関する研修を行ったり、ケア現場において特別な問題が生じたケースでは、アドバイスやスーパービジョンを行ったりもしています。その働き方はコミューンによって大きく異なっており、フルタイムの認知症看護師もいれば、家族支援などの役割を兼務しているケースも少なくありません。

人口10万人弱のヴェクショー・コミューン(ヴェクショー市)には、現在3人の認知症看護師と、認知症専門アンダーナース(准看護師・日本の介護福祉士に相当)が配置され、認知症の人をサポートする地域の資源のネットワークを構築し、認知症の人が住み慣れた地域で「その人らしく」暮らすことを可能にしています。

日本でも、近年、認知症の人を支える素晴らしい取り組みが数多く行われるようになってきました。しかし、残念ながら、縦割りの壁や事業者間の関係性など、様々な要因によって連携がうまくいっていないケースも少なくありません。

これらをつなぐ機動的なネットワークを構築し、認知症ケアの取り組みを点から面に広げることで、地域の持つ力がより引き出され、認知症になってもこれまで通りの生活を送れる社会に近づけることができるのではないでしょうか。


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