2019年4月22日 ミノムシの糸の強さを科学的に解明 優れた構造材料となるシルクがもつべき構造

農研機構は、豊田工業大学との共同研究で、新たな工業用繊維としての利用が期待されているミノムシの糸の強さの秘密を探るため、ミノムシの糸の成分であるタンパク質の1次構造や2次構造、高次構造を詳細に調査し、ミノムシの糸の強さが高度に形成された秩序性階層構造に起因することを明らかにした。

昨年12月、農研機構と興和(株)は、ミノムシの糸が世界最強と言われているクモの糸を弾性率、破断強度、タフネスの全てで上回ることを発見した。さらに、ミノムシの習性を利用して1本の長い糸を真っ直ぐに採糸する方法を開発し、産業上の有用性を発表している。こうした成果もあり、現在、ミノムシの糸を繊維強化プラスチックの強化繊維などとして産業化を目指す動きが進められている。

また、近年、持続可能な成長社会の実現のために、炭素循環型社会の実現、ものづくりにおけるバイオプロセスへの転換による石油依存からの脱却など、石油に頼らないバイオ素材の生産に注目が集まっている。その中でも、タンパク質の繊維は、生物機能を利用した工業生産が可能であり、かつタンパク質は地中で分解することから、生産工程、生産物ともに環境に優しい素材として注目されている。

タンパク質の繊維には、羊毛、羽毛、シルク(クモ、ミノムシの糸を含む)などがあるが、シルクは天然繊維の中で唯一の長繊維である。中でもクモ糸は「強く」て「伸びる」究極の繊維として、これからの繊維が目指す目標の1つとされている。

クモ糸については、生きたクモから直接採糸することは実験室レベルでは成功しているが、クモは共食いをするため、量産化が難しい。そこで、クモの糸を構成しているタンパク質と類似のタンパク質を人工的に合成し、繊維化することで、人工クモ糸として量産化しようとする試みが世界中で進められている。

また、昆虫機能を利用し、環境に負荷を与えない生産体制は、省エネの観点からも低炭素社会実現に貢献できる。こうしたことから、クモ糸の人工合成は、日本を含め米国、ドイツ、イスラエル、スウェーデンなど、世界中で研究が進められている。

 

〔強い人工シルク創出に向けた研究を推進〕

農研機構の研究ユニットでは、カイコ以外のシルクを作る昆虫(絹糸昆虫)の探索や、既に知られてはいるが産業利用されていない昆虫由来シルクの利用法の開発を行っている。こうした未知・未利用シルクの利用化研究では、国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の支援を受けて行われている。

また、この研究には、より優れたシルクの探索に加え、様々なシルクの機能や力学特性とその構造との因果関係の解明を通して、近年注目を集めている「強い人工シルク創出」に向けた1次構造の設計指標を明確にする側面も有しており、今回の研究もこうした取り組みの一部として行われた。

農研機構では、これまでに、ミノムシの糸が世界最強と言われているクモの糸よりも弾性率、破断強度、タフネスの全てにおいて上回ることを明らかにしてきた。さらに、長繊維であるミノムシの糸を長い状態のまま採集する方法を見出し、ミノムシ糸の産業利用への扉を開くことに成功してきた。

既に、日本の民間企業がこの手法をベースにした糸生産の応用技術を開発し、ミノムシ糸の製品化を目指して研究を進めている。また、この「真っ直ぐ長く糸を取る方法」を開発したことで、質の高いX線データを取得することができ、今回の研究の成功につながった。

 

〔ミノムシの糸の強さの秘密〕

今回の研究では、ミノムシの糸を構成するタンパク質(シルクフィブロイン)の1次構造(アミノ酸配列)、2次構造(コンホメーション)、さらに高次構造である、結晶構造や結晶と非晶の凝集状態に至る幅広い階層構造が解明された。その結果、他のシルクと比べてミノムシの糸が圧倒的に高い秩序性を有する階層構造から成ることが分かった。

また、糸束を引張り切断に至るまでの構造変化について、放射光施設SPring‐8(兵庫県播磨)の高輝度X線を利用した広角・小角X線散乱同時測定により調査した結果、繊維切断まで秩序性階層構造を維持していることが分かった。ミノムシの糸が強い理由は、規則的なアミノ酸配列に基づいたβシート結晶と非晶との他のシルクでは類のない高い秩序性階層構造により、繊維に加わる応力が個々の結晶にまんべんなく分散される機構であること、さらにその機構が繊維切断まで続くためであることが明らかになった。

 

〔研究成果に集まる期待・注目〕

この研究でミノムシ糸の強さのメカニズムが明らかにされたことで、ミノムシの糸の産業利用への注目が一層高まると期待される。

また、今回の成果は、タンパク質合成や発酵、遺伝子組換え生物などによる生産など、強い繊維を人工的に作る場合の設計指標となり、今後の目指すべき繊維の指針として活用されることが期待されている。

さらに、昆虫が作る未知・未利用の糸を自然界から探索する研究にも役立ち、「生物機能を活用したモノづくり」による持続可能な成長社会の実現に貢献することでも注目されている。


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