電気通信大学大学院情報理工学研究科の小木曽公尚准教授らは、人間が意思決定をする際の感情的な振る舞いを数値計算によって表すことに成功した。心理学での情動(感情)の定義に基づいて動的な感情モデルを作り、人の非合理的な意思決定を再現するモデルを提案したことにより実現した。
人の行動の数値例として、裁判事例(殺人事件)を扱い、提案したモデルが人の行動を再現できることを確認。感情をもつロボットやゲームの人工知能(AI)キャラクター、自動運転技術におけるドライバーの判断支援などへの応用が期待できる。
人と工学システムが共生、協調していく上で、人の選択する行動を予測することは、人に寄り添うシステムを構築するための重要な手段になる。このなかでも、感情は人の非合理性を誘因するものの一つであると考えられる。小木曽准教授らは、人の意思決定プロセスへの影響を考慮した感情の動的な振る舞いを数理モデルで表すことができれば、人の行動予測や人と機械が共生するシステムの実現に役立つと考えられることから、この研究を進めた。
研究成果は国際学術誌「Mathematical and Computer Modelling of Dynamical Systems」に掲載された。
「非合理」まで考慮する必要性
今回の研究成果は、人の非合理的な意思決定を再現するために感情ダイナミクスを定式化したもの。裁判所の記録に基づく実例への適用では、提案モデルが人間の非合理的な行動を再現することを示し、また提案モデルが正しいと仮定したときに、モデルが非合理的な行動選択の回避策を検討できることを確認した。今後の課題として、モデル化する際のパラメータチューニングの基準の明確化やモデルの妥当性の検証などが挙げられる。
応用面では、感情を持つロボットや、ゲームのAIキャラクター、自動運転技術のドライバー判断支援などといった人の行動予測や人と機械が共生するシステムの実現に役立つと考えられる。
計算機と人間、サイバー空間と物理空間が相互に接続するサイバーフィジカルシステムでは、人間の役割も受動的なものから能動的なものまで多岐にわたると想定される。そのため、間を含むシステムを構築する上で、人間による影響を無視することはできない。人に寄り添うシステムを構築し、人とシステムが共生していくためには、人の選択する行動を予測することが重要。
しかし、人は怒りに身を任せて他者を傷つけたり、自分の危険を顧みずに他者を救おうとしたりといった非合理的な行動を往々にして選択することがある。したがって、人の行動を再現・予測するには、こうした非合理的な意思決定までを考慮する必要がある。
人の非合理性を誘因するものの一つとして感情がある。感情は、人の意思決定に影響を与えると考えられており、意思決定に対してバイアスを与えるとする仮説もある。また、感情には動的な性質があることが知られている。
例えば、ゲームAIの分野では、感情的なキャラクターを再現するための感情ダイナミクスを用いたアーキテクチャの研究が行われており、感情を模倣することでキャラクターが知的に見えたりするなどの結果が得られている。
意思決定プロセスへの影響を考慮した感情の動的性質をモデル化することは、人の行動予測や人と機械が共生するシステムの実現に役立つと考えられる。
この研究では、人の非合理的な意思決定を再現するため、新たに感情ダイナミクスを定式化し、非合理的な意思決定を再現するモデルを提案することを目指した。